
太平洋海戦史
珊瑚海海戦1942.5.7
日本軍のニューギニア進攻をめぐりソロモン諸島の南、珊瑚海で行われた日米海戦は、史上初の空母対空母の戦いであった。戦いの端緒は、「MO作戦」にのっとりMO機動部隊は5月7日、探索機を発進させほどなく米空母発見の報を受け午前6時に零戦18機、九九艦爆35機、九七艦攻24機を発進させた。しかしそれは空母ではなく油漕船と駆逐艦であったがこれを沈めた。
一方米第17任務部隊は同日午前7時過ぎにMO攻略部隊(注:MO機動部隊ではない)を発見、これを攻撃し空母「祥鳳」が沈没し、日本側空母の初めての損失となった。
MO機動部隊は、油漕船と駆逐艦を攻撃した部隊の収容に手間取り、第2次攻撃が大幅に遅れて、夜間攻撃ができる九九艦爆12機、九七艦攻15機を発進させなんとか一矢を報いたいと考えていたが、この攻撃隊はレーダーで捕捉、F4Fの待ち伏せにあい、攻撃を断念し帰途についた。
5月8日午前、双方同時に敵を発見し攻撃隊を発進させた。結果は、日本側空母「翔鶴」大破、米軍空母「レキシントン」は自沈、「ヨークタウン」中破(日本側は撃沈確実としたが実際は3日間で応急修理を終えている)であった。
井上中将は2日間の戦いで欠いた空母「祥鳳」と空母「翔鶴」の戦線離脱によりMO作戦の遂行が不可能と判断連合艦隊司令部に中止を要請し終結した。後世の多くの研究者は「戦術的には勝ったが戦略的には米・豪遮断のためのポートモレスビー攻略ができなかったことにより負けていた」と言うが私も異存がない。しかし、仮に米空母2隻を沈めて(日本空母が無傷であった場合)またポートモレスビーが攻略なったとしても物量に勝る米軍により、ガ島の二の舞になるという意見もうなずける。日本が米国に勝つための条件は「一敗もできない」という非常に厳しい条件だからだ。