
太平洋海戦史
ルンガ沖夜戦1942.11.30
第3次ソロモン海戦後、周辺海域の制海権を失った日本軍は駆逐艦の高速をいかした輸送(米呼称「Tokyo
Express:東京急行」)に頼りざるを得なかった。米海軍はこれを阻止するため、カールトン・ライト少将率いる第67任務部隊(重巡「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「ペンサコラ」「ノーザンプトン」軽巡「ホノルル」駆逐艦「フレッチャー」「ドレイトン」「モーリー」「パーキンス」「ラムソン」「ラードナー」をルンガ沖に派遣した。
11月30日午後8時40分、田中頼三少将率いる第2水雷戦隊(駆逐艦「高波」「親潮」「黒潮」「陽炎」「巻波」「長波」(旗艦)「江風」「涼風」の順で単縦陣)にドラム缶各200個以上積みサボ島南方を通過し泊地に突入、ドラム缶の投入準備を始めた。先にライト部隊の旗艦「ミネアポリス」がレーダーにより田中部隊を捕捉接近した。田中部隊はこれを発見ただちに物資投入を断念。全軍突撃を下令した。
戦闘は、午後9時20分、ライト部隊の前衛駆逐艦部隊が魚雷を20本発射するも命中なしで、同時に巡洋艦部隊が射撃を開始、日本艦隊先導の「高波」に集中した。「高波」も反撃し2隻に命中弾をあたえるも集中砲火を浴び大破、炎上した。一方田中少将は午後9時22分砲撃を開始後、旗艦「長波」「江風」「涼風」は反転した。先行部隊の「親潮」「黒潮」「陽炎」「巻波」は旗艦が反転離脱したため、第15駆逐艦指令の佐藤寅次郎大佐は戦闘を継続し、正対する米艦隊をやりすごしたあと、絶好の射点につくと雷撃を開始、次々と命中を出した。反転した旗艦部隊も米艦隊に対し雷撃を敢行、多数の命中弾を出した。結果は米艦隊の重巡「ノーザンプトン」が沈没。「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「ペンサコラ」が大破。日本水雷戦が勝利をおさめた最後の海戦となった。