太平洋海戦史


南太平洋海戦1942.10.26

 連合艦隊はガダルカナル島における陸軍第17軍の総攻撃を支援するために、近藤信竹中将の第2艦隊(空母「翔各鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」基幹)をソロモン海域へ出撃させた。第17軍の総攻撃は10月24日夜に開始された。しかし兵力23000人に増強された米海兵隊の防御陣地に阻まれ攻撃は頓挫奪回に失敗した。
 10月26日南雲中将率いる第3艦隊は黎明より探索を開始した結果午前4時50分に米空母部隊を発見、米軍も同時刻日本の機動部隊を発見ただちに攻撃隊を発進させた。攻撃は、村田重治少佐率いる第1次攻撃隊(零戦21機、九九艦爆21機、九七艦攻20機)と約1時間後関衛少佐率いる第2次攻撃隊(零戦9機、九九艦爆19機、九七艦攻16機)であった。米軍攻撃隊の編成は空母「ホーネット」よりF4F戦闘機8機、SBD急降下爆撃機15機、TBF雷撃機6機の第1次攻撃隊と空母「エンタープライズ」よりF4F戦闘機8機、SBD急降下爆撃機3機、TBF雷撃機8機の第2次攻撃隊が日本空母へと向かった。
 戦いは、午前6時55分第1次攻撃隊は米空母部隊を発見、「エンタープライズ」はスコールの中にいたため発見できず攻撃は「ホーネット」に集中、6発の250kg爆弾と2本の魚雷を命中炎上させた。しかし第1次攻撃隊の損害も大きく真珠湾攻撃以来のベテランである村田重治少佐はとうとう還らなかった。米軍の方は、「ホーネット」から第3次攻撃隊をも発進させたが、日本の空母部隊を発見できず、前衛艦隊の重巡「筑摩」に攻撃を集中し中破させた。また「エンタープライズ」隊の双方共に日本の空母部隊を発見できず、前衛艦隊の重巡「筑摩」に攻撃を集中し中破させた。また「ホーネット」第1次攻撃隊は午前7時27分日本の機動部隊を発見攻撃し、空母「翔鶴」を中破させた。
 関衛少佐率いる第2次攻撃隊は、停止炎上中の「ホーネット」と無傷の「エンタープライズ」を発見し「エンタープライズ」を攻撃目標とし3発の250kg爆弾の命中にとどまった。
 第2艦隊と行動を共にしていた第2航空戦隊の角田覚治少将は、午前7時45分「隼鷹」から第1次攻撃隊(志賀淑男大尉、零戦12機、九九艦爆17機)を発進させ、自身は第3艦隊に合流し南雲中将の指揮下に入った。午前9時20分「隼鷹」からの第1次攻撃隊はスコールの中の「エンタープライズ」を発見命中弾こそなかったものの米戦艦「サウスダコタ」と「サンジュアン」に250kg爆弾をそれぞれ1発づつ命中させ、さらに角田覚治少将は第3次攻撃隊を編成し、「ホーネット」の息の根を止めた。
 しかし、日本側攻撃隊の損失も大きく132機の空母機と熟練操縦士を失った。この海戦は、日本機動部隊が勝利をおさめた最後の海戦となった。


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