
太平洋海戦史
ミッドウェイ海戦1942.6.5
ミッドウェイ(MI)作戦は山本五十六大将の発案で、ハワイと日本本土の中間に位置するミッドウェイ島を攻略することによって米機動部隊を誘い出しつつ一挙に捕捉殲滅しようという作戦で、これに成功すれば、ハワイ・米西海岸を窺いながら和平に持ち込むというもくろみでもあった。
海戦の経過については、映画や活字でも紹介され、もはや若年層を除き知らない世代はないくらい有名でもあるが、反面日本人全体のトラウマにもなっているであろうことから詳細は省くが、大筋では次のとおりである。
日本側のもくろみどおり、アメリカは太平洋艦隊の全空母3隻でもって迎撃に乗り出してきた。勝敗は、米艦隊の3倍の兵力で臨んだ南雲中将率いる機動部隊(空母4、戦艦2、重巡2、軽巡1、駆逐艦12)は、油断と慢心、暗号の解読などで米艦隊の待ち伏せにあい、急降下爆撃編隊の攻撃で、空母赤城、加賀、蒼龍が沈没。空母飛龍の攻撃隊が米空母ヨークタウンを大破(後に沈没)させたものの、飛龍も結局敵機の攻撃で海の藻屑とと化した。このとき、不肖「愛知翼」(当サイト管理人)が敬愛する知将山口多聞提督も空母「飛龍」と運命を共にした。
運命の海戦は、日本の大敗北に終わった。失った飛行機約320機、戦死者3057柱。ちなみに米軍の戦死者362。