太平洋海戦史


呉軍港空襲1945.3.19、7.24、28

 フィリピンを攻略した米軍の猛威は、沖縄攻略に先立つ3月19日、ミッチャー中将率いる第58任務部隊の空母艦載機群が九州方面の飛行場及び瀬戸内海の在泊艦艇に対して空襲を行った。
 呉軍港及び付近の艦艇が被った被害は、軽巡「大淀」が中破し、戦艦「日向」「榛名」、空母「天城」、軽空母「龍鳳」、重巡「利根」潜水艦「伊400」が小破した。このとき、戦艦「大和」、空母「葛城」「生駒」、軽空母「鳳翔」「海鷹」も損傷を負った。

 一方、第58任務部隊に対し、神風特別攻撃隊菊水隊による攻撃は米空母「フランクリン」が大破し本国への帰還が余儀なくされ、空母「ワスプ」と駆逐艦1隻へ損傷をあたえた。またこのとき、人間ロケット爆弾「桜花」部隊である神雷攻撃隊も出撃したが、効果は薄く壊滅した。

 その後米軍は沖縄をも席巻し、7月24日、マッケーン中将率いる第38任務部隊が瀬戸内海及び呉軍港に対して空襲を行った。
 この日、呉軍港と付近の泊地にて被弾・損傷した艦艇は、戦艦「伊勢」「日向」「榛名」、空母「天城」「葛城」、軽空母「鳳翔」「龍鳳」、重巡「青葉」、軽巡「大淀」「北上」であった。
 7月28日再度の空襲では、戦艦「伊勢」「日向」「榛名」は大破着底、空母「天城」が転覆着底、空母「葛城」は上甲板に大破孔を開けられ小破した。また。、軽空母「龍鳳」は船体が浮揚しているものの、戦闘航行不能状態で、重巡「利根」は船体内満水となり大破着底、軽巡「大淀」は転覆着底し、軽巡「北上」は船体が浮揚しているものの航行不能状態で、この空襲により、事実上壊滅している日本海軍は物理的壊滅を喫した。

 思えば太平洋戦争は、米太平洋艦隊の駐留港である真珠湾攻撃で始まり、連合艦隊の母港である呉軍港に攻撃を受け終了したとも言える。


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