
太平洋海戦史
クラ湾夜戦1943.7.5
6月30日早朝、ソロモン諸島ニュージョージア島ムンダ飛行場の対岸レンドバ島に米軍が上陸した。草鹿任一第11航空艦隊司令長官はただちに航空攻撃をもって反撃するも阻止することはできなかった。7月3日今度はニュージョージア島のムンダ東方海岸に上陸した。
秋山輝男少将は、コロンバカラ島及びニュージョージア島に対する陸軍増援部隊輸送のために、麾下の艦隊を支援隊、第1次輸送隊、第2次輸送隊の3個部隊に編成し出撃させた。
7月5日午後11時5分コロンバカラ島とニュージョージア島の間にあるクラ湾を航行中「新月」のレーダーは米艦隊を探知、ウォーデン・エインスワース少将率いる第18任務部隊も午後11時36分軽巡「ヘレナ」のレーダーで日本艦隊を捕捉した。
戦闘は、米艦隊のレーダー射撃で「新月」に集中し、艦橋を直撃、秋山少将以下第3水雷戦隊の幕僚全員が戦死した。「新月」被弾直後、「涼風」と「谷風」は砲雷撃を開始、「ヘレナ」に魚雷が命中し、沈没した。その後米艦隊は、反転再攻撃しようとしたが見失い戦闘は終了した。
結果は、レーダー射撃は正確であったものの最も近い目標しか選定できなかったため米艦隊が有利であったが「新月」1隻しか沈められず、逆に日本艦隊は目視距離に入れば十分互角の戦いができることを証明した。