太平洋海戦史


キスカ撤収作戦1943.7.29

 1943年4月に入ってアッツ・キスカ両島に対する陸海の攻撃は日ごと強まり、5月12日米軍はアッツ島に上陸、激戦の末守備隊は29日玉砕した。アッツ島を喪失したことにより、キスカ島の保持は困難であると判断した連合艦隊司令長官である古賀峯一大将は、第5艦隊の河瀬四郎中将にキスカ守備隊の撤収を命じた。
 最初は潜水艦による収容を行ったが米軍の攻撃により被害続出のため中止、河瀬中将は、第1水雷戦隊の木村昌福少将に駆逐艦部隊による撤収を命じ、7月16日に決行を予定するも好天により突入を断念、帰港した。
 再度の撤収作戦は7月29日午前7時に決行。霧が立ちこめほとんど視界がきかない中陸上から発せられる電波を頼りにキスカに入泊。守備隊5000名余りを1時間足らずで収容無事帰還した。
 ちなみに米軍は、撤収成功以降1ヶ月間猛烈な砲爆撃を繰り返した後の8月15日、35000人の大部隊を上陸させたが、すでにキスカ島はもぬけのからであった。

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