
太平洋海戦史
ジャワ沖海戦1942.2.4
1942年にはいると、日本軍の開戦目的である南方資源地帯の制圧に乗り出した。オランダ領東インドの主島であるジャワ島攻略戦は海軍航空隊による航空撃滅戦で開始された。
数次にわたる航空戦の結果、スラバヤ方面の制空権を確立した。連合軍艦隊を指揮するオランダ海軍のカレル・ドールマン少将は、日本の上陸船団出動の報(誤報)を聞きつけ急遽蘭駆逐艦4隻、米駆逐艦7隻を率いて、マヅラ島泊地を出撃しいるはずのない日本船団をもとめジャワ海を航行していた。
2月4日早朝、塚原二四三中将は索敵機からドールマン艦隊発見の報を聞くとすぐさま隷下の鹿屋航空隊・高雄航空隊および第1航空隊に出撃を命じた。
4度による爆撃で連合軍艦隊は沈没こそ免れたものの、艦の損傷がはげしく撤退を余儀なくされた。これにより日本軍は、制空権・制海権ともに手に入れることができた。