
太平洋海戦史
イサベル島沖海戦1943.2.1〜7
第3次ソロモン海戦の敗北でガダルカナル島の奪回は絶望的となった。1942年の大晦日御前会議においてガ島からの撤退が決定され、ケ号作戦と命名、1943年2月上旬に実施されることとなった。
将兵を収容する輸送隊は、木村進少将指揮する第10戦隊の駆逐艦14隻(「風雲」「巻雲」「夕雲」「秋雲」「谷風」「浦風」「浜風」「磯風「皐月」「長月」「時津風「雪風」「大潮」「荒潮」)で、警戒隊は橋本信太郎少将の第3水雷戦隊の駆逐艦6隻(「巻波」「舞風」「江風」「黒潮」「白雪」「文月」)が護衛についた。
3次にわたって撤収作戦を実施した結果、駆逐艦「巻雲」が触雷沈没したが陸海軍将兵約13000人の脱出に成功した。しかし、一連のガダルカナル攻防戦で日本軍の損失は、艦艇56隻、航空機2000機、船舶22万トン、陸兵2万人となった。とりわけ海軍にとっては、大量の航空機と優秀な搭乗員を失ったのは、艦艇の喪失以上に大きいものとなった。