太平洋海戦史


ビスマルク海海戦1943.3.2〜3

 日本軍は連合軍のニューギニアのラエ侵攻に備えるため第18軍司令部と第51師団を同地に送る「第八十一号作戦」を発動、第3水雷戦隊司令官木村昌福少将が指揮する輸送船8隻、駆逐艦8隻の輸送船団は予定通り2月28日ラバウルを出港、3月3日ラエ到着の予定であった。
 3月2日朝、B17爆撃機10機が輸送船団上空に来襲、2000メートル上空から爆撃を敢行、輸送船「旭盛丸」み450kg爆弾が2発命中、沈没した。駆逐艦「雪風」と「朝雲」は海に投げ出された918名を救助しラエに先行した。また同日夕にもB17爆撃機8機が輸送船団を襲撃、輸送艦「野島」が損傷した。
 3月3日、基地航空隊は零戦41機で輸送船団を護衛、一方の米軍側はB17爆撃機13機が高高度爆撃を開始、B25爆撃機13機が中高度から爆撃を加えてきた。上空直営の零戦がB17に気を取られた隙にB25爆撃機12機が高度150メートルの超低空から侵入。機銃掃射を加えながら、スキップ・ボミングによる爆撃により輸送船7隻が被弾炎上した。さらに護衛の駆逐艦「白雪」「荒潮」「時津風」の3隻も被弾航行不能に陥った。また同日13時再度の爆撃により輸送船団は壊滅した。これにより、日本軍は輸送船8隻、駆逐艦4隻の喪失に加え、約3000名の陸軍将兵や多数の重火器、武器弾薬、車両等失った。

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