
太平洋海戦史
ベララベラ海戦1943.10.6
ニュージョージア島の喪失により、中部ソロモン群島の保持がきわめて困難な状況となり、日本軍は中部ソロモン方面からの「転進」を決定、ベララベラ島からの地上部隊撤収作戦は、第3水雷戦隊指令の伊集院松治大佐が指揮し、10月6日に決行することとなった。編成は次の通り。兵員収容には駆逐艦「文月」「夕凪」「松風」他駆逐艇5隻、内火艇3隻を当て、撤収艦艇援護には、駆逐艦「秋雲」「風雲」「夕雲」「磯風」「時雨」「五月雨」の6隻を当てた。
戦闘は午後8時55分、フランク・ウォーカー大佐が指揮する第4水雷戦隊(駆逐艦「セルフリッジ」「シュバリエ」「オノバン」)が先手を取り14本の魚雷と砲撃を開始。3分後、ウォーカー隊にもっとも接近した「夕雲」が距離2500メートルで魚雷8本を発射するも米駆逐艦による砲撃が集中し、被弾炎上隊列から落後。しかし発射した魚雷1本が「シュバリエ」に命中した。その後、日米両軍とも死力をつくして砲雷撃を繰り返すも、「セルフリッジ」に1本の魚雷が命中し小破、「オノバン」は「シュバリエ」に追突して小破にとどまりそのまま潮が引くごとく戦場を互いに離脱した。
結果は、日本軍による地上部隊の撤収は成功したものの、魚雷48本のうち命中は2本と精度を欠く攻撃であった。