
太平洋海戦史
アッツ島沖海戦1943.3.27
米軍は、アリューシャン列島のアッツ・キスカ両島の奪還にむけ兵力増強と共にチャールス・マックモリス少将指揮する巡洋艦部隊を派遣、海上補給線の破壊に乗り出した。このため、第5艦隊司令官細萱戊子朗中将は、麾下の艦隊全力を持って輸送任務の支援を開始した。
3月27日午前2時37分、重巡「阿武隈」が南方から接近する米艦隊を発見、輸送船を避難させると反転、反航戦態勢に入った。米艦隊も同時刻レーダーで発見していた。午前3時42分彼我の距離20000メートルとなったとこ火力は圧倒的に日本軍が有利であったにもかかわらず、レーダー射撃を行う米艦隊の方が重巡「那智」に対し有効弾をあたえた。その後、優勢な日本艦隊の砲撃から離脱するために米艦隊は転針、追撃戦となったものの同速度で彼我の距離が縮まらずいたずらに遠距離砲撃を繰り返すのみとなった。
午前5時2分、至近弾により重巡「ソルトレイクシティ」の操舵機が故障、4隻の駆逐艦が「ソルトレイクシティ」を守るため反転日本艦隊に対し雷撃を敢行し、日本艦隊もこれをさけるために反転、日米艦隊の距離はまた開いてしまったため戦機は去り追撃を中止した。